完成したはずのトンネルは「張りぼて」 ほぼ全工程やり直しに
完成したはずのトンネルが、ほぼ全てやり直しに――。
全国の公共工事でも異例の事態が和歌山県で起きている。
トンネル内壁のコンクリートの厚みが規定の10分の1しかないなど
「張りぼて」であることが発覚したのだ。
トンネル整備は、南海トラフ地震による津波被災時などの
アクセス確保が目的。
受注業者の負担で工事がやり直されることになったが、
使用開始は約2年遅れてしまう。
津波時に威力発揮するはずが…
施工不良が発覚したのは、同県那智勝浦、串本両町境の
「八郎山トンネル」(全長711メートル)。
この地域の主要幹線道路・国道42号は、海岸近くを走っており、
地震による津波被害が想定される。
このため、内陸部を通る県道に新たなトンネルを設けようと、
県は2020年に一般競争入札を実施。
浅川組(和歌山市)など2社による共同企業体が約20億円で受注した。
22年9月に完成して県に引き渡され、23年12月に使用開始予定だった。
ところが、別の業者が22年12月、照明設置のために天井に穴を開けると、
内部に空洞があることが判明。
その後の県の調査で、本来30センチであるべき内壁コンクリートの
厚みが3センチしかない部分があるほか、全体の約7割で空洞が見つかった。
風化や地震などによるひび割れでコンクリートが落下しやすくなるという。
事態はこれだけで収まらなかった。内壁のコンクリートを剥がすなどして、
トンネルを支えるアーチ状の鋼材(支保工(しほこう))を調べたところ、
ほぼ全域で本来の位置に設置されていなかった。
その結果、内壁を全域で剥がし、約700本の全ての支保工を外して、
掘削以外の工程をやり直すことが決まった。
工事費用はすべて受注業者が負担する。
一体、何があったのか。
浅川組によると、現場担当者は社内調査に対して
「コンクリートの厚みが確保できないことを認識していたが、工期を短縮
したかったのでそのまま工事を進めた」「数値を偽装して検査を通した」
と認めたという。
また、県の調査では、工事の進捗(しんちょく)に応じて県のチェックを受ける
「段階確認」の申請について、業者側は「内壁の薄さを隠すため規定を守らなかった」
と明かしたという。
県は事態を重くみて、受注の2社を23年7月から6カ月間の入札参加資格停止とした。
和歌山県の管理にも甘さ
これほどずさんな工事にもかかわらず、県はトンネルを引き渡されても
施工不良を見抜けなかった。
念の入ったことに、業者の現場担当者は内壁の厚さの数値を
改ざんした書類を県に提出していたのだ。
ただ、県側も本来136回必要な段階確認を最初の6回しか実施していなかった。
県の管理の甘さが、ずさんな工事を助長した面もある。
県は「担当者が今回のようなトンネル工事の経験不足で、すべての
進捗ごとに検査しなければいけないという認識が欠けていた」と説明。
県議会で追及を受けた幹部が「責任を重く受け止めている」と
謝罪に追い込まれた。
今後は工事前に段階確認の手順を決め、上司らが決裁するなどの対策を講じる。
取材に対し浅川組は「現場のコンプライアンス意識の不足と会社との
連絡不足に起因していると思う。
全社員にコンプライアンス教育を実施し、信頼回復に努めたい」と話している。
トンネルの再工事は決まったが、地元の失望は大きい。
トンネル設置の誘致活動をしてきた串本町上田原の杉本百生さん(80)は
「海沿いの国道42号を迂回(うかい)する道路が必要だと18年前から訴えてきた。
完成したと思ったのに利用が遠のくとは……」と憤る。
全国で老朽化したインフラの修復が急がれる一方、
技術者やノウハウ継承の不足が問題化している。
関係者の間には「現場では工期厳守を迫られ、安全性が後回しに
なっている面があるのでは」と指摘する声もある。
「適正な監督を」
片桐徹也・東洋大客員教授(公民連携専攻・土木工学)は
「県の監督職員は請負契約の適正な履行を確保するために
必要に応じて現場への立ち会いを行い、工事後に見えなくなる
部分のうち重要箇所は設計図書との適合を確認することになっている。
今回は県が適正な監督業務を行ったとは言いがたく、
業者側と同様にコンプライアンス意識の欠如が生じた
ということになるのではないか」と話している。【加藤敦久】