「あらゆる個人の生きた証が蓄積、活用される場に」Web3が変えるアイデンティティの未来
株式会社 電通グループ電通イノベーションイニシアティブ(DII)/プロデューサー鈴木淳一さん
「Web3」とは、暗号資産やNFTにも用いられているブロックチェーン技術を
活用した、次世代の分散型インターネットだ。2022年ごろから急速に話題に
なったものの、現在その勢いは落ち着いている。Web3の現状、そして未来に
もたらす、新しいインターネットのあり方について、
電通イノベーションイニシアティブプロデューサーの鈴木淳一さんに聞いた。
Web3はインターネットにおける‶中央組織〟から‶個〟への主権移譲
2022年ごろから話題になったWeb3ですが、現在その勢いは落ち着いて
いるように感じます。Web3の現状について教えてください。
鈴木:特に暗号資産やNFTに対して、保有して値上がり益を獲得する
という投機的な一面に対して過剰に注目されていたのですが、
それが少し落ち着いてきました。
一方で、ブロックチェーンを分散型の台帳技術と捉え、新しい
インターネットのあり方と捉えている人たちが技術発展を牽引しています。
Web3によるインターネットとは、従来のものとどういった点で異なるのでしょうか。
鈴木:Web2においては、プラットフォーマーと呼ばれている大手の
サービス提供事業者がその中心でした。ユーザーはプラットフォーマーが
発行・管理するIDを使わせてもらうという立ち位置でした。
これまでは好意的に受け止められてきましたが、受け手のリテラシーが高まった
現在は、Cookieによる画一的なデータマーケティングに反発する形で、もっと
自分自身のものの見方や趣味嗜好に寄り添ったものを求める人が生まれてきています。
また、最近ではGoogleが休眠状態のアカウントを削除するという
ニュースが話題になりました。
自分が獲得した「休眠していたい」というアイデンティティも、
プラットフォーマーの事業合理性との兼ね合いが問われますし、
自身ではどうにもなりません。
こうした背景から、プラットフォーマー主導のWeb2を脱却し、
個々のアイデンティティをインターネット上でも確立したいと
いう需要が芽生え、その手がかりとしてWeb3が注目されています。
Web3では、IDをはじめとしたアイデンティティを形成する様々な
情報はウォレットに蓄積されます。
Web3におけるウォレットはインフラにあたるため、プラットフォーマーも
個人も平等にそのインフラに乗っかる形で情報のやり取りを行います。
また、ウォレット内の情報に関しては、使用できる範囲や権限を事前に
細かく設定できるため、相手に応じて使用する情報を選ぶことも可能です。
つまり、〝個〟が〝中央組織〟と対等な関係になり、
自分自身の権利を主張していいのがWeb3になります。
小学生でも使える技術に
Web3に対する認知度や信用度は、一般層まで広く
浸透していないというのが現状だと思います。
その認識が広まるために、どのような
課題と解決方法があるのでしょうか。
鈴木:そもそもNFTなどブロックチェーンを使ったサービスを
日常生活の一部として受け入れてもらう必要があります。
そのためにも、UXを親しみやすいものにすることが一つの
アプローチだと考えています。
毎年、小学生を対象にしたサマースクールを実施しているのですが、
生徒にウォレットを持たせて、修了時に卒業証明書をNFTの形で配る
取り組みを行っています。
一部の保護者からは、NFTなどクリプト(暗号技術を用いたデジタル資産)に
対して、子供にはまだ難しいという意見をいただくことがあります。
また、ある程度知識のある方だと、NFTのやりとりにガス代と呼ばれる
ブロックチェーンの利用料が発生することを知っていらっしゃる。
100円単位でお小遣いを管理されているご家庭だと、
暗号資産なら好きに利用していいとはなりませんよね。
こうした課題を解決するために、2022年からはソニーさんの協力を
得て、FeliCa技術を応用したICカード型のハードウェアウォレットを
採用しています。
たとえばスクール修了時、各生徒が持っているICカードを、先生役の
スマホにかざすだけでNFTを貰えるという直感的な仕組みにしました。
ソニーが開発したICカード型ハードウェアウォレットを先生役のスマホにかざす生徒
さらに生徒のICカードには、自身が所持しているNFTの情報を相手に
教えるというだけの権利が付与されます。
その他の権利、たとえばNFTを他人に譲渡するといった
権利には鍵がかかっているんです。
これは鍵分散、マルチシグネチャーという技術を応用したものですが、この技術に
よって、親御さんが子供に必要な権限だけ付与することができます。
こうすれば、クリプト技術がより親しみやすくなります。
毎年予定しているサマースクールの同窓会では、会場の入り口にある端末に
ICカードをかざすだけでNFT認証されます。
また、ウォレットには外部所有アカウント(EOA:Externally Owned Account)と
コントラクトアカウントの2種類が存在するのですが、現在主流のウォレットはEOA
なので、文字通りブロックチェーンの外にあるため、発生するガス代はウォレットの
所有者が自ら暗号資産を用意して支払う必要があります。
でも小学生に自由に暗号資産を使わせることを躊躇する家庭も多い。
そこで私たちはコントラクトアカウントを用いています。
技術の進展によりブロックチェーンの中にウォレットを作れるように
なったことで、プロトコルで条件を定めておくことにより事業者などが
ガス代を肩代わりできるようになりました。
これらの手法を活用することで、ブロックチェーン技術を使う
障壁はグッと下がると思います。
Web3で「自分自身と向き合う」手助けを
今後、Web3技術が発展していくなかで、事業者が活用したいと思ったときは
どうしたらよいのでしょうか。
事業者がWeb3を活用するための取り組みを教えてください。
鈴木:現状として、NFTなどのトークンを用いた解析は難しいので共同研究など
ご一緒させていただければと思いますが、仮に正しく解析できたとしても、
事業者としては本当に消費者がトークンを参考にしたインセンティブの提案に
反応してくれるのかという懸念もあるのではないでしょうか。
従来のWeb2におけるCookieは、良くも悪くも目に見えないため、
勝手に利用しても通用していた部分がある。
しかし、トークンに基づき保有者の価値観や社会関係資本の蓄積状況と
いったものが可視化され、それに応じてインセンティブがたくさん出て
くるようになると、多分そのトークンの持ち主たちは情報の多さに
辟易しかねません。
本当はその人が欲しているインセンティブがその中に紛れているかもしれない
のに、そこにたどり着くために多くの時間を割いてしまうのでは本末転倒です。
そこで、TOPPANホールディングスとの共同研究として、23年12月より
個人向けのエージェンシー機能を持つサービスの実証試験を始めました。
ウォレット保有者のものの見方や趣味嗜好に寄り添い、NFTの保有状況に
基づいて権利行使が可能なインセンティブを自動抽出し、自然言語による
対話でインセンティブ利用に関する案内を行なうというものです。
NFTとして蓄積できるものは、これからより幅広く、数多くなるでしょう。
消費活動にとどまらず、あらゆる生活の履歴が情報として
蓄積されるようになります。
それらをもとにして、様々なインセンティブが降ってくる中、
中長期的な視点も含めて最適な選択を提案してくれます。
それはきっと、単純なコンシェルジュサービスに
とどまらないと考えています。
その提案を通じて、自分が本当はこんなことが好きだったんだとか、
こういう生き方を選ぼうとしていたんだとか、自分のことを改めて
知るきっかけになりうる可能性を秘めています。
非常に面白いサービスだと思う反面、事業者が個人のサービスを幅広く
収集した結果、それをもとにして提案するインセンティブが一元化され、
結果的に今のマス向けサービスと似たものになってしまうという懸念があります。
鈴木:それは従来のWeb2で事足りるのではないかと思います。
大衆が合意して、その代わり一番安く作る事業者が勝つという
ゲームルールの上なら、Web3である必要はない。
むしろ相補的同調がもとめられる共感の時代にあって、自身の個体性を
失うことなく、もっとこうして欲しいという細かいニーズが反映された
マーケットが個別に作られていく状況こそがWeb3の強みをいかせるだろうと思います。
一つ一つの事業構造としての規模は小さいけれども、それを
寄せ集めていくとマスマーケットに匹敵する規模になりえます。
価値観が多様化した現代では、その価値観に応じてコミュニティも
細分化されています。
それが大きなコミュニティやマスマーケットに対して、個として
対等に対峙できる情報環境をWeb3はもたらしてくれるのです。
これまでは主にマーケット面でのWeb3がもたらす恩恵に
ついてでしたが、それ以外でも応用可能なのでしょうか。
鈴木:Web3の本質は「インターネットにおけるアイデンティティの確立」です。
集団の中にあって、その当人たりうるために必要な情報の抽出手法が
今後実装されると、Web3の存在は社会の諸相にも
反映されてくるようになると思っています。
例えば、スイスやエストニアなどでは、ブロックチェーンベースでの選挙権付与
などの実証試験が行われており、Web3の社会実装に向けて動いています。
また、国連もブロックチェーンベースのIDを発行するという動きを見せています。
世界にはまだ基本的な人権すら満足に与えられなかったり、
自由が制限されている場所が存在します。
そんな人達に対して、国連が後ろ盾となり、分散された安全な方法でその人を
証明することで、あらゆる支援がよりしやすくなる。
Web3は、その鍵になりえる技術なのです。
Web3関連技術は、活用に向けて本格的に議論がなされはじめてまだ日が浅い。
いまだ発展段階にある技術だ。
しかし、活動履歴や思想、権利など、これまで形に残らなかったあらゆる個人の
〝生き様〟を蓄積できる媒体としての可能性が期待されている。Web3がもたらす
新しいインターネットのあり方に注目したい。
取材・文/桑元康平(すいのこ)
1990年、鹿児島県生まれ。プロゲーマー。
鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。
卒業後、大手焼酎メーカー勤務などを経て、2019年5月から2022年8月まで、
eスポーツのイベント運営等を行なうウェルプレイド・ライゼストに所属。
現在はフリーエージェントの「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズの
プロ選手として活動中。
代表作に『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)。
発売中!ビジネスの核心を司る「デジタルアイデンティティ」の指南書
「デジタルアイデンティティ」と言われても、
ピンとくる人は少ないのではないでしょうか。
『DIME』では、2022年に「メタバース」や「Web3」といった
バズワードとなっているトピックを特集してきました。
ただ、その特集を製作している過程で、何だかしっくりこない部分が
あることに気づきました。
何か根本的なことを見逃しているのではないかと。
その中で浮かび上がってきたキーワードが「デジタルアイデンティティ」でした。
見落とされているビジネスの核心
安心・安全なデジタル社会を実現するうえで、サービス利用時にユーザー
ひとりひとりを識別したり、認証したりすることは必要不可欠なこと。
そうでなければ、顔の見えない相手と安心して取引することはできませんし、
本人かどうかも確認できません。
これからますますデジタル上での経済活動は活発になるでしょうし、
すでに住む場所を選ばず、ITを活用して仕事をしながら旅をする
「デジタルノマド」という人々も増えています。
コロナ禍で2拠点で生活する人、都市部に住みながら地方の仕事を副業で
受けているビジネスパーソン、逆に地方に住みながら都市部の仕事を
リモートでこなす人なども増えてきています。
そういう意味でも今後のビジネスだけでなく、国や我々の未来を考える
うえでも重要なキーワードと言っても過言ではないでしょう。
人口減少、高齢化、地域格差が待ったなしで進む日本において、
DXによる社会の生産性の向上は喫緊の課題です。
それを解決するうえでもデジタルアイデンティティの活用に関する議論が
もっと盛り上がってもいいはずなのですが、いまひとつ注目されていません。
では、日本におけるデジタルアイデンティティ活用のあるべき姿とは?
そんな疑問からスタートしたDIME発の
書籍「日本が世界で勝つためのシンID戦略」が発売!
これは社会的にも経済的にも他人事ではないトピックです。
今回、こういったデジタル分野のトレンドに詳しい4人の識者の方々に、
それぞれの視点でデジタルアイデンティティの活用、背景にあるトレンドなど、
ご自身の考えを交えて語っていただきました。
当然ながら現段階で、正解はわかりませんが、その中で
新たな視点を示し、問題提起をしてくれています。
「デジタルアイデンティティ」と聞いても、まだ自分ごととして
捉えられないかもしれません。
ただ、これは皆さん自身の話でもあり、今後のビジネスに必ず関わってくる
根本的なキーワードであることはまぎれもない事実なのです。
是非お近くの書店などで手に取ってみてください!