「楽天の息の根を止める」意外な企業の正体。“楽天経済圏”を崩壊させる周到な戦略
楽天の凋落が止まらない。
2023年1月から9月期の決算は5期連続の赤字、肝いりでスタートしたモ
バイル事業も黒字化にはほど遠い状況だ。
そして投資家の大きな懸念材料となっている約9000億円の事実上の
借金の償還が2025年までに続々と訪れる。
一部メディアでは、楽天グループ(以下、楽天)解体の可能性すら
ささやかれているが、その引導を渡すことになるかもしれない企業がある。
楽天のライバルと言えばAmazonというイメージが強いかもしれないが、
2024年に楽天をさらなる業績悪化に追い込むかもしれないのは意外な企業だ。
その企業の正体はYahoo!(ソフトバンクグループのひとつ)で、
より具体的に言うならば、Yahoo!が展開しているサービスの
ひとつである「Yahoo!ショッピング」だ。
筆者(田中謙伍)はAmazon日本法人に新卒入社し、現在はAmazonで
商品を出品する企業のコンサルティング会社を経営している。
本稿では、EC業界に長く身をおいてきた立場として、
なぜYahoo!ショッピングが楽天の本丸である楽天市場の
シェアを奪う可能性が高いのかを解説していこう。
◆現状は楽天市場に分があるが…
現在ではさまざまなサービスを展開している楽天であるが、
はじまりは1997年スタートの楽天市場である。
楽天にとっては原点であり、全てのサービスの土台にあるのが楽天市場だ。
しかし、今後Yahoo!ショッピングによって危機に追い込まれるかもしれない。
「楽天の息の根を止めるのがYahoo!ショッピング」と言われているのを
聞いて意外に思う人もいるだろう。
ただ、あくまで現状では楽天市場の方がYahoo!ショッピングよりも分がよい。
流通規模も楽天市場は3兆円を越える規模であるのに対して、2023年の
Yahoo!ショッピングは1兆円弱の規模と言われており、2倍以上の差をつけている。
◆3〜4年ほど沈黙を保ったYahoo!ショッピング
むしろYahoo!ショッピングの方が業績は深刻で、筆者が事業支援するメーカーも
Yahoo!ショッピングでは苦戦している。
2021年、2022年のコロナ禍でのEC特需、PayPayバラ撒きなどで盛り上がったが、
2023年は売上成長率の昨年対比率はほとんどの店舗がマイナスだった。
しかし、Yahoo!ショッピングを運営するソフトバンクグループ(以下、ソフトバンク)
にとって、低調は想定内だと筆者は考える。
近年ソフトバンクはQRコード決済サービスのPayPayに自社の
リソースをかなり投下していた。
それを裏付けるように、Yahoo!ショッピングではここ3〜4年ほどは機能改善、
デザイン改善は行われていない。
逆に目立った動きといえば、PayPay関連の新規事業だ。
◆PayPayに対してリソースを集中投下
2021年10月に、Yahoo!ショッピングでのストア評価や商品レビューなどを基準に、
ソフトバンクのYahoo株式会社(現在のLINEヤフー株式会社)が定める優良店のみが
出店するショッピングモール「PayPayモール」を展開していた
(2023年10月にYahoo!ショッピングと統合)。
つまり、2021年からの2年間、ソフトバンクはPayPayとPayPayモールの拡大に
集中しており、Yahoo!ショッピングの機能開発などはその間ストップして
いたのだと考えられる。
このソフトバンクの動きは、楽天が楽天市場の多くの社員を楽天モバイルに
転籍させたり、新卒社員をほぼモバイル部門に配属した姿と重なる。
すでに成熟し安定した収益をあげているYahoo!ショッピングの優先度を
下げてでも、ソフトバンクはQRコード決済にヒト・モノ・カネのリソースを
集中投下していたと言われている。
◆楽天を凋落させた“QRコード決済戦争”
今では世に浸透したQRコード決済だが、以前はキャッシュレス決済と言えば
クレジットカードが主流だった。
そして、そこで圧倒的王者だったのが楽天カードマンでおなじみの楽天だった。
そんな金融部門で楽天が優越していた状況に対し、ソフトバンクは、
クレジットカードからQRコード決済へと、決済のスタンダードを
変える戦争を起こしたのだ(正確に言えば市場を拡大した)。
なぜソフトバンクは、ここまで決済戦争で勝つことにこだわっているのか。
それはECと決済の両者の競争を制することが自社のシェアを
伸ばすことにつながるからだ。
かつて楽天は、楽天市場と楽天カードの両者を伸ばすことで
自社の規模を拡大してきた。
これが楽天経済圏の始まりである。
この「EC✕決済」の経済圏を今度はソフトバンクが制しにかかっているのである。
具体的には国内のキャッシュレス決済をクレジットカードからQRコードに移行させる
ことで、これまでのシェアの均衡をソフトバンクは崩しにかかったのである。
移行が生じたことによって、現在、楽天の中では好調だった楽天カードも業績が
危くなり、楽天市場もその影響を受けて成長が鈍化し、楽天経済圏そのものが
危ういという状況に陥っている。
◆ソフトバンクが狙うPayPayの「スーパーアプリ」化
現在、QRコード決済におけるPayPayのシェアは39%であるが、ソフトバンクの
資金力を考えれば今後さらにそのシェアを拡大する可能性が高い。
Yahoo!ショッピングを含むネットショッピングもPayPay経済圏に新たに組み込み、
かつての楽天と同様にポイント還元率を高めるポイントばらまきを行えば、
楽天市場からYahoo!ショッピングを利用するひとは増加するだろう。
では、ソフトバンクは一体何を目指そうとしているのか。
それは楽天経済圏のように「EC✕決済」で自社のシェアを伸ばすことではなく、
それを遥かに凌駕する計画の実現である。
それが、PayPayの「スーパーアプリ」化である。スーパーアプリとは、
簡単に言えば一つのサービスだけでなく、なんでもできるアプリのことで、
これはアジア圏においてよく見られる形態だ。
たとえば、中国のWeChatはオンライン通話、オンラインショッピング、
支払い、送金、タクシーの予約、チケット予約、税金の申請、オンライン診察、
健康状態の証明など一つのアプリで複数のサービスが展開されている。
ほかにはマレーシアで生まれたGrabも、現在では配送・フードデリバリー
金融サービス・旅行予約・オンライン医療などの機能を有しており、
マレーシアにとどまらず、インドネシア、シンガポールなど東南アジアに
おける生活・ビジネスのインフラアプリとなっている。
◆分断されたアプリが集約されれれば…
では、ソフトバンクはどうか。
ソフトバンクは現在PayPay、Yahoo!ショッピング、出前館、Yahoo!トラベル、
一休とそれぞれが分断されているものの、決済、EC、フードデリバリー、
旅行予約など複数の機能を一つのアプリに集約すれば、今後スーパーアプリに
なるポテンシャルを秘めている。
このスーパーアプリ化により、ユーザーIDをデータ統合できるため、
北海道で一休を使って高級ホテルに長期滞在をしている人は、
ふるさと納税で高級な海鮮物を購入しがちである、よってこんな
マーケティング施策を打とう、といったユーザーのデータを一元管理する
ことによるメリットを享受できるようになる。
各サービスのユーザーIDの統合、それによる正確かつ細かいマーケティング施策。
すなわちPayPayのスーパーアプリ化。これが次にソフトバンクが目指す姿である。
◆LINE・Yahoo!・PayPayの連合軍による攻勢が
対する楽天も、策を講じてきた。
楽天市場、楽天カード、楽天モバイルなどEC、決済、通信など複数の事業を
展開しており、単なる「EC✕決済」のシェアを大きくするだけはなく、
楽天経済圏を作ろうとしてきた。
だが、現状ではさらなる野望であるスーパーアプリ化を巡っては、
ソフトバンクがやや有利な状況である。
今後は、ソフトバンクであるLINE・Yahoo!・PayPayが連携した
「LYP連合軍」による攻勢もはじまるからだ。
Yahoo!は2021年にLINEと経営統合、2023年に再編してLINEヤフー株式会社が誕生した。
その結果、Yahoo!ショッピングではこれまでよりもモバイル事業と関係を
密にしたサービスを展開していくことが予想される。
具体的には、LYP連合軍による経済圏によって共通してポイントを使用できる
ようなマイレージクラブを整備する可能性が高い。
加えてLYP経済圏が保有するビッグデータを活用し、Yahoo!ショッピングの
機能改善が抜本的に進んでいくだろう。
そしてここから楽天市場との真っ向勝負が始まる。Yahoo!ショッピングが本腰を
入れてサービスの改善をはじめると、いよいよ楽天は土台から危うくなる。
◆「手厚いポイントサービス」をソフトバンクが展開したら…
では楽天はどのような戦略が考えられるだろうか、この答えは実は簡単だ。
既存の顧客、特に長年楽天市場を愛用しているロイヤル顧客を大事にすることである。
けれども、直近の動きを見る限りでは楽天の向かっている方向性は別のようだ。
言うまでもなく、楽天の強みは、楽天経済圏で共通して使用可能な楽天ポイントだ。
ときにポイントのばらまきと揶揄されるほどに、ユーザーは
楽天ポイントの恩恵を受けることができていた。
しかし、ここにきてモバイル事業への投資が響いているのだろう、
自社都合でポイント改悪が続いている。
これまでに楽天が実施していたような手厚いポイントのサービスや出品者への
キャンペーンをソフトバンクが展開する可能性は高い。
一方の楽天は改悪が続いている状況だ。ここにメスを入れなければ、
ソフトバンクが楽天のパイを一気に奪うのは時間の問題になる。
「PayPayポイントのほうが貯まりやすいし、そっちのほうがお得じゃない?」と
楽天経済圏のロイヤルカスタマーに思われた途端に、雪崩のようにソフトバンクに
急激にシェアが奪われてしまうのである。
「楽天市場でモノを買う」という行為が、ポイント還元率以外にメリットを
提供できなければ言葉通り「お金だけの関係だった」となってしまう。
◆改悪が続けば、コアユーザーの流出は避けられない
一方、Amazonの場合は、ポイント還元率は悪い。というよりもそもそもポイントに
期待するユーザーがAmazonにはそう多くない。
すなわちスピードと安さ、使いやすさ、品揃えなどポイント以外の購買体験を磨くこと
に一貫してこだわっている。その安心感がユーザーから信頼を得ているのだ。
これと同様の「お金だけじゃない関係」を楽天はロイヤル顧客と築き、
長く利用してもらえるユーザーを優遇する方向へと向かうべきである。
しかし、現在の楽天ロイヤルカスタマーが自社を支えてくれていることを
忘れていると言わざるを得ない。
今後もポイントの改悪を続けていけば、楽天経済圏に長年どっぷりと浸かっていた
ロイヤル顧客の流出が起きるだろう。
楽天市場を支え続けてきたコアなファンからも見放されたとき、
楽天はECにおいてもソフトバンクに敗北するかもしれない。
長年自社の経済圏を巡ってシェア争いを繰り広げていたソフトバンクと楽天だが、
両者のECを舞台にした戦いは、徳川家康と豊臣秀吉が激突した最後の戦いであり、
戦国の世に終止符を打った「大坂の陣」と言ってもよいかもしれない。
この戦いに勝利したほうが日本のネットビジネスの覇者になるーー。
そんな未来が筆者には見える。
<TEXT/田中謙伍>
【田中謙伍】
EC・D2Cコンサルタント、Amazon研究家、株式会社GROOVE CEO。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、
新卒採用第1期生としてアマゾンジャパン合同会社に入社、出品サービス事業部にて2年間の
トップセールス、同社大阪支社の立ち上げを経験。マーケティングマネージャーとして
Amazonスポンサープロダクト広告の立ち上げを経験。
株式会社GROOVEおよび Amazon D2Cメーカーの株式会社AINEXTを創業。
立ち上げ6年で2社合計年商50億円を達成。Youtubeチャンネル「たなけんのEC大学」を運営。
紀州漆器(山家漆器店)など地方の伝統工芸の再生や、老舗刃物メーカー(貝印)の
EC進出支援にも積極的に取り組む。
幼少期からの鉄道好きの延長で月10日以上は日本全国を旅している